「震災に意味付けするのやめて!」とある高校生の投書が胸に刺さる

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東日本大震災からもうすぐ、6年が経過しようとしています。

未だ癒えぬ震災の爪痕ですが、被災した方々はどのように感じているのでしょうか?

とある新聞に寄せられた投書が、話題となっていますのでご紹介します。

 

 


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震災に意味付けやめて!!

 

とある新聞の投書欄に掲載されていた投稿に注目が集まっています。

投稿したのは、宮城県多賀城市にお住いの高校生。

震災当時は12歳だったそうですが、

何かと震災に意味づけをする世の中の風潮に違和感を覚えて以下の投稿をしたと思われます。

 

 

 

 

画像が見づらい方はこちらをご覧ください。

 

震災に意味付け やめて

 

2011年3月11日に東日本大震災が起きてから、もうすぐ6年がたつ。

あの時12歳だった私は、18歳になった。

この時季になると、よくあの日を思い出す。

地震、津波、原発事故

思い出すと辛くて涙が出てしまう時がある。

涙の回数は減ったが、今でも津波の映像を見ることはできない。

発生後、震災に意味付けをする人がたくさんいた。
絆ができた」とか「家族を大事にするようになった」とか、建前で言う人がいっぱいいた。
だが、そんなものは震災前にだってあった

 

震災が起きたことに意味なんてない。起きない方が良かったに決まっている。

 

だから私は震災を都合よく語ったりしない。

あの日起こったことを、自分の記憶に刻む。ただ、それだけ。

 

出典:河北新報

 

 

身につまされる思いです。

何かと震災と結びつける世の中の風潮はよくありません。

震災があったから絆ができたなど、建前にせよ口に出してはいけません。

決して震災があったから絆が深まった訳ではありません。

 

 

 

あの日起こったこと忘れないために

 

人は、年月の経過とともに、物事の記憶が薄れていくものです。

それは、めまぐるしく動く現在の状況に対応するのが精一杯であり、

過去のことは当事者でない限り、ずっと記憶に刻み続けるのが難しいからです。

東日本大震災からもうすぐ6年が経過しようとしています。

6年と言うと、この投稿者さんのように、小学生だった人が高校生になるほどの年月で、長いようで短いのです。

この惨禍に記憶を忘れないためには、以下のような考え方が大切です。

 

2.5人称の視点

 

すなわち、当事者と、第三者のちょうど中間の視点を持って接することが大切であるのです。

みんなんも、ぜひ、2.5人称の視点を試してみてください。

 

 

 


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