令和の本当の意味や由来、万葉集の原文がこちら!梅の花の歌や32種の序文全文も掲載

国内NEWS

出典:Twitter

スポンサーリンク

 

政府は1日、「平成」に代わる新元号を「令和」(れいわ)と決定しました。

今回は、令和の意味や由来、万葉集から出典について迫ってみたいと思います。

新元号が令和(れいわ)に決定

オリコンニュースほか、メディア各局が以下のようなニュースを報じ、話題となっています。

政府は1日午前11半すぎ、「平成」に代わる新たな元号が「令和(れいわ)」に決定したと発表した。菅義偉官房長官が記者会見で明らかにした。

最初の元号とされる645年の「大化」から数えて248番目。新元号を記した政令がきょう公布され、5月1日に施行。同日の午前0時に元号が切り替わり、皇太子さまが新天皇に即位される。

菅官房長官は会見で、令和の典拠は日本最古の歌集「万葉集」であると説明した。

きょう正午ごろには、安倍晋三首相が記者会見で談話を発表し、新元号に込められた意義などを国民に向け説明する予定となっている。

出典:オリコンニュース

スポンサーリンク

万葉集から出典

では、令和という元号の意味は一体どのようなものなのでしょうか?

発表した菅官房長官によれば、「令和」の出典は「万葉集」からであるということで、 令和の由来は、万葉集の梅の花の歌、32種の序文にある文章から引用されたのことです。

そして、32種の序文の原文がこちらです。

天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。加之(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きにがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。ここに天を蓋(きにがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(かづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(えり)を煙霞の外に開く。淡然(たんぜん)と自(みづか)ら放(ひしきまま)にし、快然と自(みづか)ら足る。若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以(も)ちてか情(こころ)を述※1(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今(いま)とそれ何そ異(こと)ならむ。宜(よろ)しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

出典:万葉集入門

「時に初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」

この文から令和の令という字は採用されているのではないかと推測されます。

令月というのは、陰暦2月の異称であり、何事を始めるにも良い月・めでたい月という意味もあるのだそうです。

スポンサーリンク

令和について

令和についてWikipediaでは以下のように説明されております。

令和(れいわ)は日本の元号の一つ。平成の次、大化以降248番目の元号。平成は今上天皇の譲位により2019年(平成31年)430日をもって終了し、皇太子徳仁親王が即位する201951日から令和元年となる予定。日本の憲政史上では初の譲位による改元となる。万葉集の梅の花の歌から取ったものである。中国の文書ではなく、日本の文書から選ばれた。

西暦2019年(本年)は、430日までが平成31年で51日から令和元年になる予定で、2つの元号に跨る年となる。本項で公的に日本国内で平成が使用されていた時代(令和時代)についても記述する。 万葉集に典拠があるとされている。

出典:Wikipedia

万葉集から出典があったと菅官房長官が発表しております。

昭和から平成、そして令和へと新たな元号で時代を迎えることとなりますが、2時代ぶりに和平の和の字が採用されていることに、和の国日本の美しい心が表されているような気がします。

スポンサーリンク

Twitter上の反応

新元号発表に関して、Twitter上では様々な反応がされていますので、ご紹介します。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事

 

令和の由来と万葉集「初春の令月」の意味がこちら!日本古典から初出典の真相も
...

 

平成の事件・事故史のまとめがこちら!凶悪事件の詳細や裏側を30年分まとめて公開
...

コメント