GACKT(ガクト)の生い立ちが壮絶すぎ!本名や収入源についても

出典:https://news.mynavi.jp/article/20190216-772443/

スポンサーリンク

クールな容姿に加えてミステリアスな雰囲気を醸し出すに人気アーティストのGACKTさん。

その妙に心惹きつけられるミステリアスな雰囲気は壮絶な幼少期を過ごしたことが原因になっているようです。

どのような幼少期だったのか。GACKTさんの経歴や本名についてもまとめましたので併せてご覧ください。

プロフィール

出典:http://kingofwallpapers.com/

芸名:GACKT(がくと)

別名:神威楽斗(かむい がくと)

出身地:沖縄県

生年月日:1973年7月4日

身長:180cm

デビュー:1994年

出身高校:県立守山高等学校

最終学歴:京都学園大学中退(諸説あり)

所属事務所:G-PRO

GACKTさんは4歳よりピアノを学び、高校生になるとドラムを演奏し始めるなど幼少期の頃から音楽に触れる機会に恵まれていました。

高校を卒業後、カジノのディーラーや水商売などをする傍らバンド活動をし、1995年に「MALICE MIZER」というヴィジュアルバンドのボーカルを担当します。

その後1999年にソロとしてデビュー、2001年から2004年までの紅白歌合戦に出場するなど活躍しました。

「翔んで埼玉 映画」の画像検索結果

出典:https://eiga.com/movie/89016/

また俳優としても多数の作品に出演していて2月22日公開の映画「翔んで埼玉」では主演を務めています。

スポンサーリンク

本名は?

”がくと”じゃない?

出典:http://elitere.ro/

GACKTさんの本名について以前からインターネットでは「大城学(さとる)」もしくは「岡部学(さとる)」だと言われていました。

名字が「大城」と「岡部」の2つ考えられているのは出生時、「岡部」と名乗っていたもののGACKTさんの両親が離婚し母親に引き取られたことで母方の「大城」に変わったからだそうです。

しかし2017年、自身が参加している仮想通貨事業を公表した際本名を明らかにしました。

自身が参画する仮想通貨の事業「SPINDLE」について言及した。これまでも名前を出さずに目立たないようにやってきたというが、今回は「キッチリ最後まで責任を持ってやり通したいという当たり前の想い」と「世の中にジレンマをかかえる多くの人たちの背中を押せる、大きな機会になるのではないかと思った」ため、表に出る決意をした。本名で出ることは初めてだという。

出典:J-CASTニュース

「SPINDLE」公式サイトには、「Team / Advisors」のページに「BLACKSTAR Members」として、「大城ガクト」の名前が記載されている。

出典:J-CASTニュース

GACKTさんの本名は「大城ガクト」だということが明らかになりました。

これを受けて「岡部学」か「大城学」のどちらかだろうと思っていたファンは騒然となりました。

スポンサーリンク

壮絶な幼少期

出典:https://www.amazon.co.jp/

GACKTさんは以前から尋常ではない幼少期を過ごしてきたことをバラエティ番組などで語っていました。

その幼少期の体験をまとめた自伝本を2003年に発売しています。

気になる内容を見てみましょう。

スポンサーリンク

臨死体験から…

GACKTさんは霊的なものを見る、感じることができると仰っていますがそのきっかけになった出来事が故郷の海で溺れた時に経験したことのようです。

僕は沖縄の海で溺れた。波に飲まれて、苦しくて、もがいてももがいても、とにかく足が地面につかなくて、頭の上に物凄い勢いで波が動いているのが見えた。どんどん水中に引っ張られていく。息を吸おうとしても、塩辛い水が口に入ってくるだけ。

出典:AMI blog

水を飲むだけ飲んだ時、急に音がパッと消えた。凄く優しい感覚、あったかい感覚、まるで何かに抱かれているかのような感触があった。どう表現すればいいのだろう。僕は、それまで味わったこともない安堵感に包まれていた。その直後だった。走馬灯が回り始めた。生まれてからの記憶が事細かに、順番通りに頭の中で回って行った。初めての事だった。感じたことのない恐怖を味わった。間違いなく死ぬ。そう思った。

出典:AMI blog

溺れた後、僕は色々なものが見えるようになった。その日を境に完全に変わった。目が覚めた後、今まで全く見えていなかったものが、完全にみえるようになっていた。いわゆる霊的な現象といえばわかりやすいだろうか。僕は、生きている人とそうでない人の区別が出来なかった。

出典:AMI blog

生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなくなったGACKTさんは両親から不審がられるようになります。

そして死んでいる人と会話していることを精神疾患だと決めつけた両親はGACKTさんを精神病院へと連れていき隔離病棟に監禁させてしまいました。

隔離病棟の暮らしはGACKTさんにとって地獄そのものだったようです。

なんとかして病棟を出なくては、と考えたGACKTさんはある行動をとります。

このままここにいたら、きっと僕はおかしくなる。でも、僕は精神が安定していないからと、なかなか出して貰えなかった。どうしてだしてくれないのだろう。僕が正常じゃないからか?正常と正常じゃないの違いは何だ?僕は一生懸命、考えた。そして、思いついた。

出典:AMI blog

僕は、担当医をジッと観察し始めた。彼の動作、話し方、話の内容まですべて覚えた。そして、そっくりコピーした。担当医そっくりに真似をしたら、僕は正常だと判断されるのではないだろうか。「もう退院していいよ。」と、言われた。僕は何も変わっていない。僕の中身は、これっぽちも変わっていないのに・・・・・やっぱりという思いと大人への不信感だけが残った。

出典:AMI blog

こうしてGACKTさんの中では大人、特にご両親に対して不信感と対抗意識を募らせていくのでした。

スポンサーリンク

スパルタな父親と

ピアノが嫌い

幼いころからピアノを習っていたGACKTさんですが、このピアノを習っていたことも自分から望んでいたことではないようです。

ピアノを強制させたのはお父様だったと自伝本の中で綴られています。

習い始めたのは3歳。父親はトランペットを吹く人だったし、両親の共通の想いがあって、僕にピアノを習わせたのだと思う。家ではクラシックが流れていた。交響曲が多かった。あとはなぜかシャンソンとタンゴ。ほんと笑える話だが・・・・。

出典:AMI blog

いろんな疑問が生まれたのは7つの頃だ。ピアノを習うのが恥ずかしくなった。「やらされている」感じが強くなった。苦痛だった。引越しを何度もして、先生が次々と代わったことも、ピアノが嫌いになった原因のひとつかもしれない。

出典:AMI blog

スポンサーリンク

当時の先生は、どの先生も僕をよく叩いた。腕や肩をバシッと強く叩かれる。「やる気あるの?」と冷たい声が飛ぶ。僕の反抗心も燃え上がる。ピアノをやめたい。でも、親はやめさせてくれない。どうしたらやめられるのだろう。僕は先生に嫌われるようなことばかりした。先生の家の玄関の門に鎖を巻きつけ、鍵までつけて、外に出られないようにしてみたり。ヤンチャ仲間を呼んで、石を投げつけたり。凄く怒られたりもしたが、僕は先生に「この子は手に負えない。やめさせてくれ」と、ただ言わせたかっただけだ。親にも「この子を教えられる人はいない」と思わせたかったのだ。念願叶って、やっとピアノを辞めることができたのは11歳の時だった。

出典:AMI blog

”やらされている”ということに対しての反抗でピアノを辞めたGACKTさん。

しかし中学生に上がるとピアノを弾いていた同級生の影響でまたピアノを弾くようになります。

そして大人になるとプロのミュージシャン、また楽曲などを手掛けるプロデューサーとして活躍するようになりました。

反抗心でプロまでなれるそのGACKTさんの気概につくづく驚かされます。

スポンサーリンク

まとめ

ここまでGACKTさんの幼少期についてまとめてきました。

どこかミステリアスな雰囲気のあるGACKTさんですがその秘密は幼少期にした不思議な経験と大人への対抗心にありました。

大人への不信感を持ち自由な子どもの感覚を持ち続けているため様々ことや誰も考えつかないことができるのだと思います。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事

 

GACKT(ガクト)の結婚や離婚理由、元嫁と隠し子の真相がヤバい!YOSHIKIとの関係性についても
...

 

コメント