出典:Yahoo!ニュース - Yahoo! JAPAN

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バルセロナ五輪女子1万メートルとアトランタ五輪女子マラソンで2大会連続出場した真木和(まき いずみ)さんが死亡したことが明らかとなりました。

真木和さんが死去

産経ニュースほか、メディア各局が以下の様なニュースを報じ、話題となっています。

陸上女子1万メートルの元日本記録保持者で、アトランタ五輪女子マラソン代表の真木和(まき・いずみ=現姓山岡=やまおか)さんが18日に乳がんのため、大阪府箕面市の自宅で死去していたことが24日、分かった。49歳。葬儀・告別式は近親者らで済ませたという。

真木さんは、愛媛県今治市出身。今治北高校で陸上を始め、昭和62年に実業団のワコールに入社。平成4年に1万メートルの日本記録を樹立し、同年のバルセロナ五輪は女子1万メートルに出場した。

その後、マラソンに転向し、初挑戦だった8年3月の名古屋国際女子マラソンで優勝。同年のアトランタ五輪女子マラソンはけがの影響で出遅れたが12位に入った。10年に現役引退し、実業団チームのコーチなどを務めていた。

出典:産経ニュース

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真木和について

こちらが、亡くなった真木和さんのプロフィールです。

「真木和」の画像検索結果

出典:駿河屋

名前:真木和(まき いずみ)

生年月日:1968年12月10日

年齢:49歳(※享年)

出身:愛媛県今治市

身長:161cm

体重:44kg

所属:ワコール

学歴:愛媛県立今治北高等学校

真木和さんは、1987年ワコールに入社しており、そこでは長距離トラック競技や、駅伝競走等でも所属チームの優勝に貢献するなどで活躍していた人物です。

ですが、この頃から成績は振るわず、その当時のワコールの監督であった藤田信之さんは真木さんに対して「10000mで世界では勝てない、世界一になるならマラソンしかない」とマラソン転向を勧めたと言います。

そして、名古屋国際女子マラソンでは、真木さんが2時間27分32秒の当時名古屋の大会記録に迫る好タイムで初優勝を飾り、有森裕子さん、浅利純子さんらと共に、アトランタオリンピックの代表にも選出されました。

現役引退後はコーチとしてその才覚を表しており、2003年には1児の母ともなっています。

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死因は?

では、死因は一体何なのでしょうか?

報道機関の発表によれば、乳がんが原因であるということです。

関係者によると、大阪府箕面市の自宅で18日に死去。近年は乳がんの手術を受け、抗がん剤などの治療を続けていたが、肝臓などにがんの転移があったという。葬儀・告別式は近親者で済ませた。

出典:日刊スポーツ

乳がんの手術を受けていたということですが、転移があったということで、物言わぬ臓器として知られる臓器の中で一番デカイ肝臓に転移しているということが死因の様です。

最近では闘病生活が続いていたようで、やはり抗がん剤の治療などで壮絶な生活を強いられれていたのではないかと考えられます。

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乳がんとは?

乳がんとは、乳房にある乳腺にできる悪性腫瘍のことを指し、基本的には女性に多いガンであるとして認識をされています。

早期の段階では、自覚症状などはなく病期の進行とともに症状が現れます。

よく言われるのが、乳房のしこりですが、乳腺のしこりはほかの病気でも見られ、約90%が良性とされますが、乳がんのしこりは非常に硬いらしく、あまり動かないのが特徴であるため、この特徴を持ったものは、乳がんである可能性が高いとみて間違いありません。

がんの進行とともに乳房にえくぼのようなへこみを生じることもあるのだそうで、皮膚の赤みや腫れ、熱っぽさといった症状が出ますが、外科治療や、放射線治療、薬物療法(内分泌[ホルモン]療法)、化学療法、分子標的治療などを駆使すれば、完治することがあるのだそうです。

しかしながら、局所再発や転移などが多く、それらが起こってしまってステージが進行してしまえば、命に関わる病気であることから、早期診断・発見を啓発する動きも見られています。

芸能界でも、記憶に新しいところで言えば小林麻央さんやさくらももこさんがこの乳がんで命を落とされていますし、闘病生活も激しさを増すそうですので、やはり早期診断・発見が大切となってくるでしょう。

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Twitter上の反応

この突然の訃報に対してTwitter上では様々な意見が飛び交っていますので、ご紹介します。

いずれにしても、亡くなった真木和さんは心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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