樹木希林の死去した死因の「全身がん」は存在しない!30年別居の内田裕也は1人で逝けと発言

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出典:ANN

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数々の映画、ドラマ、CMで活躍した女優樹木希林(きき・きりん)さんが亡くなっていたことが明らかとなりました。

樹木希林が死去

日刊スポーツほか、メディア各局が以下のようなニュースを報じ、話題となっています。

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数々の映画、ドラマ、CMで活躍した女優樹木希林(きき・きりん)さん(本名・内田啓子=うちだ・けいこ)が15日に都内で亡くなったことが16日、分かった。75歳だった。
5年前に全身のがんであることを明かし、先月13日には左大腿(だいたい)骨を骨折し入院中だった。夫はロックミュージシャン内田裕也(78)、長女内田也哉子(42)の夫は俳優本木雅弘(52)。
個性派女優で知られ、ドラマ「寺内貫太■(■は郎の旧字体)一家」「時間ですよ」、映画「万引き家族」など是枝裕和監督作品、CMなど、数多くの作品で知られた。歯に衣(きぬ)着せぬ発言でも人気だった。

出典:日刊スポーツ


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樹木希林について

こちらが、亡くなった樹木希林さんのプロフィールです。

名前:樹木希林(きき きりん)

本名:内田 啓子(うちだけいこ)旧姓:中谷

別名義:悠木千帆

生年月日:1943年1月15日

年齢:75歳(※享年)

出身:東京府東京市(現在の千代田区)

血液型:A型

職業:女優

家族:内田裕也(配偶者)

内田也哉子(娘)

本木雅弘(娘婿)

内田伽羅(孫)

樹木希林さんは、内田裕也さんの奥さんであり、日本を代表する女優さんとしても知られています。

1961年に文学座付属演劇研究所に入り、悠木千帆という名義で女優活動をスタートさせたことがきっかけであり、1964年に森繁久彌さんが主演したテレビドラマ「七人の孫」にレギュラー出演し、一躍人気を獲得しました。

その後は数多くのテレビドラマや映画、CMなどに出演し、その個性的な演技とキャラクターで、日本の女優界には欠かせない存在となっていきます。

2003年1月には、網膜剥離で左目を失明したことを明かしており、話題となっていたほか、2008年には紫綬褒章受賞するなど、日本の芸術の発展に大きく寄与したことでも知られています。

日本を代表する女優の一人でありながら、マネジャーなしでスケジュールも出演料も、すべて自分で管理し、決めていたのだといい、多忙ながらも凄まじいマネジメント能力を発揮することも有名です。

2013年3月8日の第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しているのですが、この際に後述しますが「全身がん」である事を告白し、話題ともなりました。

旦那さんである内田裕也さんとの間に誕生した内田也哉子さんは元シブガキ隊の本木雅弘さんと結婚するなど、芸能一家であることでも知られています。

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死因について

では、死因は一体何だったのでしょうか?

報道機関の発表によれば「全身がん」の告白をしていたために、それが原因なのではないかと考えられています。

樹木希林さんは2004年乳がんから始まり、2008年には腸、副腎、脊髄に転移するなどし、最悪なことに2013年には全身癌と宣告されているのです。

ですが、THE PAGEによれば、全身ガンというがんは存在しないのだと言います。

結論から言うと「全身がん」という「がん」は存在しません。がんは、ある臓器で発生した後、それを摘出したり、その活動を抑制することができなかった場合、リンパ管などを通じて他の臓器に転移するという特性があります。最初に出現したがんを原発巣、転移したがんのことを転移巣と呼びます。不幸にして、体のあちこちにがんが転移してしまった状態のことを樹木さんは「全身がん」と表現したようです。

出典:THE PAGE

つまり、全身がんというのは、心不全のようなもので、心臓が止まる事を全て心不全と呼ぶように、全身に転移した状態のことを全身がんというのだそうです。

ですが、直接的な原因は明らかとなっていないものの、おそらくこの”全身がん”が原因で、体をがん細胞が蝕み、還らぬ人となってしまったのだと思います。

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がんに対する思い

樹木希林さんは以前にもテレビ番組で、がんを告白した際には「死を覚悟している」と発言をするなど、かなりの重篤な病気であったことは間違い無いのですが、それでも最初にがんを公表した2004年からおよそ14年間にも渡って仕事を積極的に行ってきた所にプロ魂を感じます。

また、このがんに対して樹木希林さんは「私の場合、体に広がる全身がん。でもがんに感謝。経験してなければろくに『死』にも向き合わず、内田(裕也)さんのこともちゃんと理解しようと思わなかった」とコメントするなど、がんととことん向き合っていく姿勢を貫いています。

このことがきっかけとなった樹木希林さんは独学でがんを勉強していったとされており、その際には以下のようなコメントを残しているのです。

がんが見つかってもおっかなびっくりしない。出ればつぶせばいい。がんには必ず要因がある。生活習慣も見つめ直す。簡単に治らないからこそ、自分に客観的になれ、生き方がつましくなった

出典:スポーツ報知

一般的にがんを宣告されたら悲壮感に苛まれたり、ネガティブになってしまうことがあるかと思われますが、それでもこのがんに対してポジティブに捉えた結果、ここまで14年もの生き続けることが出来たのだと思います。

やはり、「病は気から」という言葉があるとおり、人間の体は科学では証明できないことがたくさんで、こうしたポジティブシンキングが体にいい影響を与えることもあるのだと言います。

余命〇〇年などと医者から宣告された際に、ストレスが溜まらないように自分の好きなことだけやっていたら10年も生きられたなどというエピソードもあるくらいです。

こうしたがんとのポジティブな向き合い方ができるのも、樹木希林さんならではなのではないでしょうか?

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30年以上も別居を続けている

樹木希林さんは、1964年に文学座で動機であった岸田森さんという俳優であり演出家の方と結婚をしていますが、その4年後には離婚をしているのです。

そして、1973年に「ロックンロール」でお馴染みの内田裕也さんと結婚しているのですが、2年後には別居しているそうで、それ以来、およそ30年以上も別居生活を続けているのだと言います。

DVや借金、浮気、スキャンダルなど、現代では考えられないロックな生き方をしているのですが、それが原因で別居にいたり、離婚にまで発展をしそうになったと言いますが、樹木希林さんがそれを反対しているのです。

1981年には、内田裕也さんが離婚届を区役所に提出しましたが、樹木希林さんがそれを認めず、訴訟となり、離婚無効との判決が下ったこともあります。

これに対して内田裕也さんは「ロックンロールを貫けているのは彼女のお陰だと思う。好きに生きさせてくれて……まあ女性は強いです」と樹木希林さんの包容力の高さを評価しております。

やはり、独特な感性をお持ちのお二人が結婚しているということで、あまりに酷い毎晩の暴力などがあったとしても離婚をしなかったのですが、樹木希林さんんの”死”に対しては、以下のようなコメントを残しているのです。

昨春には「全身がん」であることも明かしている樹木だけに話題が“終活”に及ぶと、樹木は内田から「お前は1人で逝ってくれ。ハンコは分かるところに置いとけ」と言われたことを明かし、「あの人に何か残すというのもねえ。でも『半分はおれのだろ。おれもあれば出すんだけど、ないんだからしょうがないだろ。夫婦なんだから助け合うのが当たり前だろ』ですって。ホントにロックには負けますよ」と笑わせた。

出典:日刊スポーツ

いずれにしても、亡くなった樹木希林さんには心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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