西純矢(にしじゅんや)がガッツポーズではなぜ注意?不文律やアンリトゥン・ルールについて

この記事は5分で読めます

出典:Twitter

スポンサーリンク

 

第100回全国高校野球選手権記念大会の2回戦で、岡山県代表の創志学園対山口県代表の下関国際高校の試合が行われ、5−4で下関国際高校が勝利を収めました。
しかしながらこの試合で、創志学園のエースピッチャーで大会屈指の右腕である西純矢投手が、必要以上のガッツポーズをしてしまっため、審判から注意されるという事案が発生しております。

今回は、このガッツポーズがなぜダメなのかについて迫ってみたいと思います。

ガッツポーズを注意される

デイリースポーツほか、メディア各局が以下のようなニュースを報じ、話題となっています。

創成館(長崎)との1回戦で4安打完封勝利を挙げた創志学園の先発・西純矢投手(2年)が9回を3安打も9四死球と制球に苦しみ、5失点で九回逆転負けを喫した。

チームを夏初勝利に導いた右腕が甲子園を去った。初回三者凡退立ち上がるも、二回からリズムを崩した。五回まで毎回四死球の走者を置く苦しい投球。無四球で毎回の16奪三振を奪った1回戦からは予想できない姿だった。

初回に球審から「必要以上のガッツポーズをしないように。試合のテンポを良くするために、早くプレートについて」と注意を受けたという。1回戦でも、ピンチを切り抜けるたびに、こぶしをつくって自らを鼓舞していたが、この試合の初回もマウンド上で雄たけびを上げていた。

中盤からは雨も降り、狂いを生じたリズムは元には戻らなかった。投じた球数は179を数え、九回は先頭打者から2四死球を与え、逆転を許した。

くしくもこの日は昨年亡くなった雅和さんの46歳の誕生日だった。試合後、人目をはばからず号泣した西は、「父はよく頑張った。来年戻って来いと言ってくれると思う。自分の投球ができなかったが、この経験を生かして来年戻って来たい」と誓っていた。

出典:デイリースポーツ

スポンサーリンク

西純矢投手について

こちらが、ガッツポーズで注意を受けてしまった西純矢投手のプロフィールです。

関連画像

出典:news.biglobe.ne.jp

名前:西純矢(にし じゅんや)

生年月日:2001年9月13日生まれ

身長:183cm

体重:79kg

出身地:広島県廿日市市

ポジション:ピッチャー

投打:右投げ右打ち

所属:創志学園高校野球部

学年:2年生

西純矢選手は、広島県廿日市市出身の現在岡山県の創志学園に通う高校2年生であり、小学校2年生の時に地元広島県広島市の軟式野球チーム「鈴が峰レッズ」で野球を初めています。

5年生ではキャッチャーを務め、6年生の時にはエースピッチャーになりチームの中心として活躍をしていきます。

中学校は地元廿日市市の市立阿品台中に進学し、硬式野球クラブである「ヤングひろしま」でプレーをしており、ここでもエースピッチャーとして活躍をしております。

2年夏の全国大会で優勝を果たしており、中学3年生(2016年)の時には「JUNIOR ALL JAPAN」通称「野茂ジャパン(NOMO JAPAN)」に選手されており、全国から15人の選りすぐりの選手と共に、アメリカ遠征で現地のチームと試合などをした経験もあるそうです。

その後、岡山県の甲子園出場経験もある名門高の創志学園に進学し、自己最速150km/hの速球と、チェンジアップ、スライダー、野茂監督直伝のフォークなどを駆使し、2年生ながらエースピッチャーとして活躍をしていたのだと言います。

スポンサーリンク

オリックスの西勇輝とは親戚?

西純矢選手は、現在オリックスバファローズで活躍する投手である西勇輝選手と遠い親戚であるとのことです。

日刊スポーツの記事によれば、以下のようなコメントが発表されております。

オリックス西勇輝投手も16奪三振を奪った創志学園・西の活躍を喜んだ。“遠縁”とされる甲子園を沸かせた2年生右腕とは「会ったことはないと思う」と言うが「確かに父親が岡山出身なので、おじいちゃんとつながりがあるのかなと思う」と話した。

実際に試合をテレビ観戦したようで「すごいじゃないですか。2年生やし。16個も三振なんて。変化球の球種なんかも僕に似ている。スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップとかね。1度会ってみたい。全力で頑張ってほしい」とエールを送った。

西は10日ロッテ戦に先発する。

出典:日刊スポーツ

オリックスの西選手は、三重県三重郡菰野町出身の1990年11月10日生まれの27歳(※2018年8月現在)であり、三重県立菰野高等学校では2年生の時からエースとして活躍しています。

同じような境遇でありますし、将来西純矢選手がプロ野球に入団した際には、チームメイトもしくは敵として対戦することがあるのかもしれません。

スポンサーリンク

問題のシーンは?

では、ガッツポーズの問題のシーンは一体どのようなものだったのでしょうか?

こちらが、その様子です。

▼山口県代表 下関国際高校戦

▼長崎県代表 創成館戦

どちらも激しめのガッツポーズをしていることが見受けられるでしょう。

スポンサーリンク

ガッツポーズとは?

では、、ガッツポーズとはそもそも何なのでしょうか?

ガッツポーズの発祥は、、1972年11月30日に発行されたボウリング雑誌「週刊ガッツボウル」がストライクを取ったときのポーズを「ガッツポーズ」と命名したのがきっかけとされており、ボクサーのガッツ石松さんが発祥ではありません。

当時のガッツ石松さんにはサボり癖があったといい、ランニングに行った帰りに水を被って、あたかも汗だくで帰還したかを装うことがあったのだと言います。

世界王者となる前には「鈴木石松」というリングネームで活動していたガッツ石松さんですが、当時の所属ジム側の配慮でガッツのあるボクサーになってほしいと、「ガッツ石松」というリングネームに改名したのです。

その後、1974年4月11日、東京の日大講堂にて行われた試合で、ガッツ石松さんがWBC世界ライト級王座を奪取した際に、ガッツ石松さんが両手を掲げて喜ぶ姿を当時のスポーツ報知の記者が「ガッツポーズ」と表現して、ガッツポーズが世間に広く知られるようになったのです。

つまり、ガッツボウルが命名した「ガッツポーズ」はガッツ石松さんの試合勝利を「ガッツポーズ」と報じたスポーツ報知の記者とその紙面によって全国区となったのです。

スポンサーリンク

なぜ注意を受けたのか?

では、なぜ注意を受けてしまったのでしょうか?

スポニチアネックスによれば以下のような西選手の談話が掲載されています。

試合の序盤の方でベンチに帰り際、球審から“必要以上にガッツポーズはしないように”と結構強めに言われました。でも、自然と出てしまうので……

出典:スポニチアネックス

また、日本高校野球連盟の竹中雅彦事務局長の話によれば、

、「大会本部からは何も言っていない。審判独自の判断で注意したのでしょう」と話した

さらには、「全国大会の甲子園でやるのはどうか……。アンリトゥン・ルールというのもありますしね。国際大会ではやってはいけない行為と付け加えた。

出典:スポニチアネックス

と、しています。

つまり、アンリトゥン・ルールにのっとったために、審判からきつめに注意を受けてしまったのでしょう。

スポンサーリンク

アンリトゥン・ルールとは?

では、アンリトゥン・ルールとは一体どのようなものなのでしょうか?

アンリトゥン・ルール(Unwritter Rules)とは「書かれざる規則」や「不文律」という意味があり、メジャーリーグや、国際野球の舞台では、ガッツポーズなどは相手を侮辱する行為として禁止されている行為です。

野球以外にも剣道、相撲、柔道、卓球などでガッツポーズは不文律とされており、こと、野球においてはホームランを打った後などに、派手なガッツポーズを行ってはいけないとされています。

さらに、日本高等学校野球連盟は高校野球は教育の一環との考えから、球児に対してガッツポーズを慎むように指導しているのだそうで、武道に関しても一本を取った直後にガッツポーズをすると一本が取り消される場合もあります。

卓球に関しては相手の目を見てガッツポーズをすることがマナー違反としてイエローカードを出されることがあるため、「チョレイ」でおなじみの張本智和選手などは必ず後ろ向きや、相手の目を見ずにガッツポーズや雄叫びをあげています。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事

 

甲子園で2日連続誤審か?旭川大高対佐久長聖でノーバンキャッチがヒットに!中越対慶応戦も空タッチがアウトになる

 
error: You never click here!!