漁師”オカザキ”とは岡崎源さんか?宇和島九島 勝生丸の親方で、顔画像や経歴などについても

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出典:katuseimaru.fc2web.com

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西日本を襲った集中豪雨で愛媛県宇和島市吉田町が断水をしていたのですが、そこに漁師の”オカザキ”さんという救世主が現れ、話題となっています。

今回は、このオカザキさんについて迫ってみたいと思います。

オカザキさんありがとう

毎日新聞他、メディア各局が以下のようなニュースを報じ、話題となっています。

オカザキさん、ありがとう--。豪雨による無数の土砂崩れで道路が寸断され、断水した愛媛県宇和島市吉田町。豪雨が明けた8日、思わぬ贈り物があった。生活用水を水槽に積んだ漁船が突然現れ、トイレにも困っていた住民に「恵みの水」を届けたのだ。漁師の名前は「オカザキ」としか分からない。住民は感謝の念を募らせている。

宇和海に面した同市吉田町は入り組んだ海岸線の間際まで山が迫り、海沿いに集落が点在する。6、7日の豪雨で背後の山が崩れ、小学4年の男児ら計11人が犠牲になった。集落を結ぶ道路が通れなくなり、水道設備も破損して断水が起きた。

翌日には市などが給水車による支援を始めたが量は限られ、飲料水が確保できた程度。住民は「洗顔やトイレなどに節約して使ってもすぐに底を突いた。押し寄せた土砂を洗い流すこともできないまま途方に暮れた」と話す。

善意の水はそんな時に届いた。雨が上がった8日夕、同市吉田町白浦のみかん農家、白砂一博さん(48)、園枝(そのえ)さん(43)夫妻は岸に近づく大きな漁船に気づいた。

半島を挟んで南に10キロ近く離れた、宇和島湾に浮かぶ九島(くしま)の船だった。水槽に満杯の水を積んでおり、真珠養殖に使う大きな容器や子供用のビニールプールに移し替えられた。乗っていた漁師数人に尋ねると、白浦地区に友人がおり「恩返し」という。1人は「オカザキ」と名乗ったが、水を届けるとすぐに出港した。

宇和島市では9日以降、最高気温が30度を超す暑さが続く。水くみ場にはひっきりなしに住民が訪れ、女性は「顔が洗え、さっぱりした」と表情も晴れやか。白砂さんは「いつか、直接お礼が言いたい」と話している。【今野悠貴】

出典:毎日新聞

 


漁師のオカザキさんについて

では、漁師のオカザキさんとは一体どのような人物だったのでしょうか?

宇和島湾に浮かぶ九島の船であったそうで、白浦地区に友人がいるために「恩返し」に来たのだそうですが、粋な計らいで「オカザキ」としか名乗らなかったのだそうです。

九島から宇和島市吉田町までは、このようなルートでありますが、こちらは船ではなく車でのルートですので、直線距離にしたらもっと近いでしょう。

さらに、白浦地区まではこのようなルートです。

そして、気になるオカザキさんですが、宇和島市九島で「オカザキ」と言えば、勝生丸の親方である岡崎源さんなのではないかと推測されているのです。

 

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岡崎源さんについて

宇和島の九島で漁師をしているのが、岡崎源さんという三代目の漁師で、長崎大学の水産学部を卒業後巻き網漁船の船団のメンバーとして活躍している人物です。

岡崎源さんは、自分たちの宇和島ブランドをつくりたいということで、自分の捕った魚がどこに行くのかという可視化するなどの取り組みを行なっていたのだそうです。

宇和島の魚は基本的に築地の市場に流れ出るのですが、そこから卸売りに行き,さらに小売店かスーパーマーケットに行くのですが、岡崎源さんは消費者の顔が見たいと言うことで、時には東京都練馬区のスーパーにまで出向いて自分の魚を誰が買っているのかを見るのだそうです。

宇和島漁協には19船団あり、そのうち九島には17船団があるのですが、岡崎さんはその中でも大きな「勝生丸」という船の親方をしていらっしゃる人で、九島の巻網漁船団のなかでも比較的若いメンバーで構成されています。

巻網漁というのはは、集魚灯で魚を集めるけん漁を中心に行われており、稼働時間は夜中の12時頃でありますので、夕方に港を出港し夜中に漁をするために、昼夜逆転してしまうことがほとんです。

夜明けと共に港に帰港し、そこで水揚げをするのですが、宇和島漁協では休みは毎週土曜日と月夜(満月の日)の日のみとなっているために、非常にハードな仕事であると言えるでしょう。

ちなみに、岡崎源さんの顔画像はこちらです。

岡崎源顔画像

(※こちらは岡崎源さんが漁師”オカザキ”と断定する情報ではなく、あくまで可能性の話でありますことをご了承ください)

 

災害時にはこうした協力が不可欠

多くの住民に甚大な被害をもたらした今回の西日本豪雨ですが、復興にはまだまだ時間と人手がかかることでしょう。

しかしながら、こうしたオカザキさんのような心優しい方や、粋な計らいをしてくれる方がいるおかげで、復興の第一歩になったり、被災者を勇気付けたり出来るのだと思います。

このエピソードを聞いた時に、やはり日本人の心優しい思いやる心がある素晴らし話だと感心したのですが、少なからずこうしたエピソードは存在しています。

色んな方が力を合わせて協力することが必要不可欠となってくるため、1人でも多くの方が、こうした事柄に興味・関心を持ち続け、支援の手を差し伸べることが重要であると考えます。

偽善であると批判をされることもありますが、何もやっていないよりははるかにマシでありますし、情けは人のためならずと言う言葉も我が国にはありますので、情をかけておけば,それがめぐりめぐってまた自分にもよい報いが来ることとなるでしょう。

いずれにしても、心温まるエピソードではありますが、まだ復興には程遠いために、支援を考えている人は、しっかりと自分でリサーチをして支援することを心がけることが重要です。

 

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