瀬戸口清文が死去し死因はクローン病か?体操のお兄さんになった経緯がすごい!

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出典:Twitter

 


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NHK「おかあさんといっしょ」で8代目「たいそうのおにいさん」を務めた瀬戸口清文(せとぐち きよふみ)さんが死去していることが明らかとなりました。

瀬戸口清文さん死去

スポニチアネックスほか、メディア各局が以下のようなニュースを報じ、話題となっています。

NHK「おかあさんといっしょ」で8代目「たいそうのおにいさん」を務めた瀬戸口清文(せとぐち・きよふみ)さんが1日、死去した。64歳。鹿児島県さつま町出身。通夜は8日午後6時、葬儀・告別式は9日正午から、いずれも川崎市宮前区土橋1の4の12、平安会館みやまえだいら=(電)044(870)1002=で。喪主は妻美佐枝(みさえ)さん。

(ー中略ー)

出典:スポニチアネックス

 

瀬戸口清文さんについて

こちらが、亡くなった瀬戸口さんのプロフィールです。

「瀬戸口清文」の画像検索結果

出典:日刊スゴい人!

名前:瀬戸口清文(せとぐち きよふみ)

出身:鹿児島県薩摩郡

生年月日:1953年3月21日

年齢:64歳(※享年)

血液型:A型

職業:体操のお兄さん、体育指導者

出身大学:日本体育大学

瀬戸口さんは、1974年から87年まで、”たいそうのおにいさん”としては史上最長の13年間出演し、「セトちゃん」の愛称で親しまれた人物です。

体操は1977年3月までは「地球をどんどん」、1977年4月から1979年3月までは「ようじ体操・スイッチオン」、1979年4月から1980年3月までは「パラランたいそう」、
1980年4月から1982年3月までは「コケコッコたいそう part 1/part 2」、1982年4月から卒業までは「ぞうさんのあくび」といった数多く担当していました。

02年から15年には大妻女子大家政学部児童学科の教授も務めており、近年のNHKの幼児・子供向け番組にも体操指導として携わるなど、体操の発展と教育に尽力された人物として有名です。

 


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死因は?

では、死因は何だったのでしょうか?

報道機関の発表によれば、現時点で死因は公表されておりませんが、ネット上では「クローン病」という病気が原因で亡くなったのではないかと言われています。

クローン病とは、口から肛門までのあらゆる消化管に慢性の炎症が起こる病気で、多くの患者さんは急に襲ってくる下痢や血便によって、はじめて体の異変に気が付くのであるそうです。

原因は今の医療技術を持ってしても解明されておらず、非連続の病変が特徴と言えるそうです。

クローン病はそのものでは死に至ることはないのだそうですが、「潰瘍性大腸炎」などの合併症を併発してしまった場合に、腸内出血を引き起こしたり、大腸ガンに発展したりして死亡するケースがあるのだと言われています。

瀬戸口さんがそうだったかは定かではありませんが、クローン病という病気を患っていたのであれば、それが原因となって亡くなってしまったことも十分に考えられるでしょう。

 

何で体操のお兄さんになったのか?

そんな史上最長の長さで体操のお兄さんを務めた瀬戸口さんですが、一体なぜ体操のお兄さんになったのでしょうか?

「体操のおにいさん」になったのも、それが13年続いたのも、もとは自分の意思というより不思議なご縁が重なったのだそうで、瀬戸口さんは一度は体操のオリンピック選手に憧れて日本体育大学に入学したものの、レベルが圧倒的に違うと感じてあっという間に挫折をしてしまいます。

そんな折、指導教授を通じて「体操のおにいさん」のオーディションがあることを知り、これが最初の転機となったのだそうです。

その後、幼稚園の運動あそび専任講師との掛け持ちで活動を続けましたが、当時から現在に至るまで一貫しているのは、「子どもたちの健やかな育ちに役立ちたい」という思いでやっているということです。

たかが体操と思うかもしれませんが、幼い頃にこのように全身を動かすことを”楽しく””優しく”指導することは、非常に難しいことですし、子供たちに体を動かすことは楽しいことであると教えるのは、決して素人ではできない素晴らしい仕事であると思われます。

いずれにしても、亡くなった瀬戸口さんには心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 


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