大野雄次と野村克也の因縁とは?ヤクルトの引退理由と現在のお店「大乃」についても!再会した2人の関係性を爆報!THEフライデーが特集

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大野雄次さんというかつてヤクルトスワローズで活躍した人物をご存知でしょうか?

今回は、そんな大野雄次と恩師である野村克也さんの関係性について迫ってみたいと思います。

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大野雄次のプロフィール

こちらが大野雄次さんのプロフィールになります。

名前:大野雄次

生年月日:1961年2月2日

星座:みずがめ座

出身地:千葉県富津市

学歴:君津商業→専修大学(中退)

所属:元ヤクルトスワローズ

ポジション:ファースト、サード、外野手

大野雄次の経歴について

大野雄次さんは小学校2年生で野球を始め、中学校ではキャッチャーとして試合に出場していました。

高校は地元の君津商業に進学をし、高校通算では53本ものホームランを放っています。

大学は専修大学に進学しますが、中退。

社会人野球の川崎製鉄千葉を経て、1986年のドラフト4位で横浜大洋ホエールズに入団し、入団時にすでに子供がいたため「子連れルーキー」という愛称で親しまれていました。

大洋時代は勝負強い打撃が持ち味で、主に代打の切り札として活躍をしていましたが、1991年にトレードで読売ジャイアンツへと移籍をすると活躍することができず、1993年に自由契約となったのです。

その後、「野村再生工場」と呼ばれる当時の野村克也監督が引きていたヤクルトスワローズに移籍すると、その野村采配に見事にハマり、代打逆転満塁本塁打を1シーズンに2本放つなど、代打の切り札として復活を遂げたのです。

さらに、1995年のオリックスとの日本シリーズの際には、第1戦で代打本塁打を放つなどの活躍を見せ、チームメイトから直球だけに的を絞るバッティングであることから、チームメイトから「槍」と揶揄されるほどでした。

1998年に現役を引退すると、その後はJ SPORTSなどで解説を務めた後、現在は東京のJR田町駅で鰻・牛タンを専門に扱う小料理屋「大乃」を経営しているほか、スポーツ教室や講演など精力的に活動をしています。

また、2013年には富山県のクラブチームである「ロキテクのベーズボールクラブ」の監督に就任するなど、現在でも野球に携わっているようです。

 


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大野雄次と野村克也は最悪の関係?

前述した通り、大野さんはヤクルトから退団後は解説者を経たのち、東京都港区田町の駅前にある鰻・牛タンがメインの小料理屋「大乃」を経営しています。

なんでも、引退した1ヶ月後には東京の両国にあるうなぎ屋で修行を始めたのだそうです。

肝心の売り上げは順調なようで、田町駅から絶好のアクセスであると同時に、当時のファンの方々とも積極的に交流をしながら営業をされているそうです。

そんな大野さんですが、プロ野球選手時代に復活を遂げたのは、野村克也監督との出会いがきっかけなのです。

当時、野村克也監督は「野村再生工場」という異名を持っており、伸び悩む選手や他球団で戦力外となった選手、トレードで移籍してきた選手を再生させ、コンバートや起用法を変えて活躍の場を与えることに長けていることでも知られていました。

大野雄次さんもまた、野村再生工場で再生を果たした選手の1人でもあります。

そのため、「野村克也監督に拾われた」と感謝をしている一方で、野村克也監督時代のヤクルトスワローズで現役を終えているため、逆に捨てられたのでは?と、2人の関係は険悪であることを勘ぐる人たちもいるようです。

勝負の世界は厳しいですが、野村克也監督が首を切ってしまったために現役生活に終止符を打つことになったので、因縁の相手として世間からは揶揄されているようです。

 

因縁の相手と再開?

そんな因縁の相手とされる野村克也監督と大野雄次さんが再会を果たすそうなのです。

2017年9月22日放送のTBS系列のバラエティ番組「爆報!THEフライデー」にこの両者が登場し、再会を果たしています。

この放送では、大野雄次さんの当時の心境や現在の様子までを赤裸々に告白しており、充実の内容となっています。

もしも2人の様子が気になった方はO.A.をチェックしてみるといいかもしれません。

 


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