フロイド・シュモーとはどんな人物か?シュモーハウスの現在は?アンビリバボーで、広島の原爆被爆者のために建設した真相が明らかに

この記事は2分で読めます

2017年8月3日(木曜日)放送の。「奇跡体験!アンビリバボー」で、フロイト・シュモーさんが特集されることとなりました。


スポンサーリンク

番組の内容は?

番組の内容はこちらです。

主人公の名は、フロイド・シュモー。1895年にアメリカで生まれ、両親から平和の大切さを教えられて育った。23歳の時、太平洋戦争が勃発。真珠湾攻撃を受けて、アメリカでは日系人の強制収容が始まった。さらに、1945年8月6日、アメリカが広島に原爆を投下。十数万人の命が一瞬で奪われた。原爆投下に憤りを感じたシュモーが起こしたある行動とは!?今夜、歴史に埋もれた奇跡が掘り起こされる。

出典:フジテレビ

フロイド・シュモーさんはアメリカ合衆国の森林学者及び、自然学者でという肩書きを持っており、さらに著述家としても知られている人物です。

 

フロイド・シュモーについて

フロイド・シュモーさんの経歴がこちらです。

名前:フロイド・シュモー

英語表記:Floyd Wilfred Schmoe

生年月日:1895年9月21日

没年:2001年4月20日

職業:森林学者、自然学者、著述家、クエーカー教徒

フロイドさんは、1895年にアーネスト。シュモーさんとその奥さんの間に生まれ、5人兄弟の2番目として誕生しました。

フロイドさんの実家はカンザス州のプレーリー・センターの農場を経営しており、両親は熱心なクエーカー教徒としても知られていました。

ちなみにクエーカー教とは、17世紀にイングランドで発祥したキリスト教系の宗教です。

カンザス州の自然豊かな田舎町で育ったフロイドさんは、自然を愛する心優しい青年として育ちます。

そして、その環境が影響し、やがて森林学者、自然学者としての道を歩むこととなるのです。

そういった経験から、平和を好む思想で、平等と民主主義を愛するリベラル的な人間であったことも有名です。

 

フロイド・シュモーは平和主義者

徹底的に平和と平等を愛していたフロイドさんは、第一次世界大戦(1914-198)が勃発すると、とんでもない行動を引き起こします。

それは、兵役の拒否です。

これは、自らの思想である「平和を愛する思想」がそうせたからです。

兵役を拒否したフロイドさんは、赤十字軍に救急車の運転手や担架担ぎとして参加しました。

さらに、ポーランド救済委員会の指示により、ポーランドの難民への食料や衣服などの配送等も手伝ったりするなど、平和に関してはものすごく尽力をした人物です。

 

原爆投下に怒り心頭

そんなフロイドさんですが、戦争や国際法に違反するような非人道的な行為に対し、怒りをあらわにしています。

広島や、長崎への原爆投下も例外ではありません。

1945年8月6日そして、8月9日にアメリカによる原爆投下で一瞬にして、数十万人の尊い命が失われました。

フロイドさんは、両親より平和を徹底的に教え込まれていたため、アメリカの原爆投下に対し、「自分の頭の上に原爆が落とされた気分だ」と強い怒りをあらわにしています。

広島の悲惨な現状や、両親を亡くしてしまった孤児、家族と生き別れてしまって路頭に迷う人たちを目の当たりにしたフロイドさんは、とある行動を起こします。

 

広島にシュモーハウスを建設

森林学者である、平和をこよなく愛していたフロイド・シュモーさんは、広島の悲惨な現状を目の当たりにし、広島の皆実町にシュモーハウスを建設しました。

この建物は、1951年(昭和26年)に集会所として建てられ、地域活動の拠点として活用されていました。

2012年には(平成24年)、被爆後の広島に寄せられた海外からの支援を伝える、広島平和記念資料館の附属展示施設となりました。

フロイドさんは、年齢や人種のなどの壁を取っ払い、国内外から多くの人が広島を訪れ、その悲惨な現状を受け止め、2度と戦争を起こさないようにしてほしいとしています。


スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事

 

羽田空港爆破事件の犯人の名前は青野淳だった!草加次郎の模倣犯の可能性も?アンビリバボーで赤木の犯行理由と目的、真相が判明!

 

この記事が気に入ったら
いいね ! お願いします

Twitter でBrandNewSを
error: You never click here!!