文部科学省は、小学校では2018(平成30)年度、中学校では2019(平成31)年度から「道徳の時間」を「特別の教科 道徳」に変更し、
より力を入れていくとしています。
今回はそんな”道徳”について、鋭い視点で書かれた新聞の投書をご紹介します。
「答えが無い」それが道徳です
朝日新聞の投書欄に、以下のような投稿が掲載され、話題となっています。
投稿したのは、今年の春から中学生になるという生徒で、
道徳の教科化について、鋭い独自の意見を述べています。
以下、記事内容です。
「答えが無い」それが道徳です
私は3月に小学校を卒業しました。
授業では、道徳がとても好きでした。
しかし、今は、来年度から使われる道徳の教科書についての話が広がっています。
確かに小学校の道徳の授業でも本はありました。
しかし、それはあくまでも、といかけとしての話です。
道徳は、人によって感じ方が違うから「道徳」なのだと思います。
教科になってくれるのはうれしいですが、
子どもたちが「こう考えるように」などの答えをつくるようになってしまうのなら、
評価をしないほうがよいのではないでしょうか。
道徳とは、色々な視点から物事を考えるという「答えの無い」ものであるからこそ、必要なのだと思います。
少なからず答えのある「道徳」は、子どもには必要ないのではないでしょうか。
「和菓子屋」や「和楽器店」は、「パン屋」や「アスレチックでの遊具で遊ぶ公園」に比べてほとんどみません。
郷土を愛するというのは、そこに昔から、
そしてこれから生まれて育っていくものを見とどけることなのではないでしょうか。
答えの無い教材。
それが「道徳」の「答え」なのではないでしょうか。
出典:朝日新聞
少し前まで小学生だったとは思えない鋭い視点からの文章です。
伝統や文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶという教義が、
パン屋を和菓子屋に変えるという選択になるのはおかしい気がします。
ネット上の反応
これに対し、ネット上では
●この子の言う通り 道徳教育は「自分ならどうする?あなたならどうする?」 と、
人それぞれ思想は自由であり、教師と生徒が共に考える授業。
人権教育のように「これが正しい」といった答えはない。
●意見の是非はともかく、こういう投稿は子供の名を借りた大人が書いて新聞掲載される事にご満悦になってるだけだから、
鵜呑みにしちゃいかんで。
●これ絶対12歳の子が書いた文章じゃない。
視線が明らかに年長者側だし、リアル子供が自分達のことを「子どもたちが」なんて書くのもおかしいw
など、あまりにも出来すぎている文章なだけに、
子どもが書いたのではないという捏造を疑う声も寄せられました。
日本の道徳教育の教科化が目指すもの
今回の道徳に関する一連の改訂の根本にあるのは「愛国心」というキーワードです。
国や、郷土を愛するということは何も間違っていませんが、それを強要させるかのように、
「道徳」の教科書の細かな描写にまで手を加えるというのは、少々おかしい気もします。
文科省が「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」点が足りないとして、パン屋を和菓子屋に変更するというのは、
外来語は敵性語でNGであると主張しているのとなんら変わりありません。
今後、道徳の教科化という改革の中で、
学校教育全体がどのように変化しようとしているのか注目するとともに、
家庭や地域社会の中でも子どもの道徳性を育む取り組みに力を尽くしていかなければなりません。
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