「福島産の桃」をバカにした親子連れへに対しての作文が話題に

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第33回全国人権作文コンテスト」に応募された、とある中学生が書いた作文の内容が素晴らしいのでご紹介します。


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「それでも僕は桃を買う」

「それでも僕は桃を買う」がタイトルのこちらの作文は、宮城県古川黎明中学校3年生の「大沼 逸美(おおぬま いいみ)」さんの作品で、こちらは、「第33回全国人権作文コンテスト」で内閣総理大臣賞を受賞しています。

その感動の作品がこちらです。

 

「それでも僕は桃を買う」

 

夏休みのある日、僕は、家族といっしょに旅行することになり、一路、新潟を目ざして車に乗っていた。

 

朝早く家を出発し、東北自動車道から磐越自動車道に入り、サービスエリアで休憩をとった。

サービスエリアの売店にはたくさんのお土産が売られていた。

その中に、福島県特産の桃が並んでいた。

その桃を見て、無邪気な子どもが母親に 「桃食べたい。」とせがんでいた。

しかし,その子どもの母親は「だめ。」と子どもに言い聞かせようとする。

子どもも引かず「なんで。」と反論する。

すると、母親は「だって、この桃、福島産だよ。放射性物質っていう良くない物がついてるかもしれないからね。」と説きふせたのだ。

しぶしぶ諦めた子どもの姿を見ながら、僕は、心の中に何かひっかかりを感じていた。

 

車に戻り、走り始めた車の中で、僕は両親にさっきの出来事を話した。

父は「やっぱり放射性物質がついていないとは言い切れないからな。」と言い、母も「確かに心配ではあるね。」と言った。

これまでの自分を振り返ってみると、僕も同じようなことをしていたことを思い出した。

僕の住んでいる地域のスーパーマーケットでも、「福島産」と表記されていると、どうしても避けてしまうことがあった。

しっかり検査を受けて市場にでていると分かっていても、なんとなく不安だったからだ。

サービスエリアの出来事にひっかかりを感じてはいたが、僕はそのことを忘れようと思った

 

しかし、僕の頭から、「だって福島産だよ」という言葉が離れることはなかった。

なぜ、そんなにも、その言葉が気になるのか、僕は、旅行中、ずっと考え続けていた。

そして、思い当たった。

僕が小学五年生の時に友達から言われた、あの言葉と同じ、嫌な響きを感じたからだ。

 

小学五年生の時、僕は仲のよかった友達と大げんかした。

理由はささいなことだったが、言い合いはとまらなくなり、とうとう互いに相手を罵倒するようになった。

その時、最後に友達が僕にこう言ったのだ。

「黙れ。中国人。」

僕は中国生まれの日本育ちだ。

日本に来てからずっと、自分が中国国籍であることを表に出して生活してきた。

そのことに対して、友達の誰も触れることはなく、僕も中国国籍であることを気に留めることはなかった。

 

しかし、あの時、その友達の言葉は、鋭利な刃物となって僕の心に突き刺さった。

そして、自分は他のみんなと違うんだと切なくなった。

仲の良かった友達が, 心の中では僕を差別していたんだと感じ、悔しくてしかたがなかったのだ。

幸い、友達とは仲直りすることができたが、しばらく、あの友達の放った言葉は、僕の胸をひっかき続け、嫌な響きとなって耳の奥に残っていた。

 

その嫌な響きと同じものを、「だって福島産だよ」という言葉に僕は感じたのだ。

僕の場合は、中国という国のことを知りもしないのにばかにされ、福島の桃は、放射性物質のことをあまり知らないのに、危ないと決めつけられ、自分と桃が重なって見えたのだ。

風評被害という言葉は知っていたが、この時、僕は、福島の桃は、被害ではなく、差別されているのだ」とはっきりと感じた。

だから、僕は、桃を買うことにした。

僕は差別される側の気持ちを知っている。

 

それなのに、その僕が、知らず知らずのうちに、他の人と同じように福島県産の桃に偏見をもち、差別していた。

それは、桃だけにとどまらず、福島の人々を差別していることにもなるのだと気づき、これではいけないと思ったからだ。

 

新潟からの帰り道、僕は、磐越自動車道のサービスエリアで、桃を買った。

それは、もう偏見をもたない、差別などしないという、小さいけれど大きな僕の決意でもあった。

 

二十一世紀の今,日本そして世界中のあちこちで,いまだに多くの偏見差別が残っている。

生まれた地域や肌の色、病気、そして、福島原子力発電所のよう に事故に関係するものなど様々だ。

それらの偏見や差別の根本にあるのは、何なのだろう。

僕は,警戒心ではないかと思う。

よく分からないから、見えないから怖く疎ましく、自分から遠ざけようとする。

その気持ちが,偏見や差別を生むのだ。

 

では、どうすれば、私達は警戒心をもたず、この世界から、偏見差別をなくすことができるのだろうか。

その鍵は、二つあると僕は考える。

一つは、他の人のことをよく知ろうとする姿勢。もう一つは、他の人の気持ちを思いやる想像力。

この二つが,未知のものへの警戒心を取り去ってくれる。

 

偏見や差別を、この世界からなくすことは本当に難しいかもしれない。

けれども、二つの国の良さを知っている僕は、相手を知ろうとする姿勢と思いやる想像力をもち、周囲の人に接していこうと思う。

いつかきっと、お互いを慈しみ合う世界になることを信じて。

 

出典:全国人権作文コンテスト

作者自らも差別や偏見に苦しめられ、そのことを福島県産の桃と重ね合わせた、非常に素晴らしい作品です。

「福島県産の桃は風評被害ではなく、差別されている」

これはとても胸を打たれる言葉だと思います。

未だ、震災による風評被害は後を絶ちません。そして、差別や偏見の根源は警戒心です。

1人でも多くの方にこの文章が読まれるとともに、一刻も早くその警戒心が解かれ、差別や偏見が無くなることを切に願っています。


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