かつて最悪だった「オランダとの友好関係」を取り戻した、今上天皇のお話

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みなさんは、オランダという国を聞くと何を想像するでしょうか?

WBCで盛り上りをみせた野球の強い国であるとか、W杯でも上位常連であるためサッカー強豪国、

はたまた、綺麗な風車が立ち並んだりチューリップが綺麗に咲いている、のどかな田園風景といったところでしょうか?

ほとんどの方が日本との関連性を思い浮かべなかったと思います。

今回ご紹介するのは、日本とオランダの意外な接点とそれにまつわる心温まるお話です。


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オランダ人は日本のことを快く思っていなかった

 

オランダの人が日本人に対して快く思っていないという事実をご存知でしょうか?

これに関して言及するには、江戸時代まで遡らなければいけません。

江戸時代は、オランダという国は日本にとって非常に身近な存在でした。

解体新書等で有名な「蘭学」を学んだり、鎖国中であっても、中国と並んで唯一日本と貿易をすることができたりと、何かと日本とがあったのです。

しかし、江戸時代から良好な関係を築いていた両国でしたが、第二次世界大戦中に、イギリスに亡命していたオランダ政府が、日本に対し宣戦布告をしたことより徐々に関係が悪化していきます。

さらに、当時オランダが植民地として支配していたインドネシアに日本が進攻・占領し、オランダは日本に対し、『反日感情を抱くほどになってしまったのです。

 

 

第二次大戦以来、オランダ国内での『反日感情』は根強く、1971年に昭和天皇がオランダを訪れた際には、市民が卵を投げつけるなどの暴動も起こっています。

その後も世論の反発などの影響で交流が絶たれ、両国の関係は悪化する一方でした。

 

友好関係を取り戻したい

 

江戸時代のように、オランダと友好関係を取り戻したい』そう思っていた矢先、日本に転機が訪れます。

その転機とは何なのかというと、戦後50年の節目にあたる1995年に、他国に対し植民地支配と侵略によって多大な損害と苦痛を与えたことを再確認し、当時の総理大臣が謝罪を表明した『※村山談話』です。

このことがきっかけとなり『平和友好交流計画』が始まったり、『アジア女性基金』などの償い事業も行われたりと、少しずつ両国は歩み寄っていきます。

 

そして両国の関係修復を決定的になされたのが、今上天皇・皇后両陛下だと言われています。

 

 

※村山談話・・・平成7年(1995)8月15日に当時の首相村山富市が発表した「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題された談話。日本が第二次大戦中にアジア諸国で侵略や植民地支配を行ったことを認め、公式に謝罪したもの

 

歴史を塗り替えた1分間の黙祷

 

2000年5月、両陛下はオランダをご訪問なされました。

その際、少しは緩和されてはいましたが、オランダ国内には日本に対する『反日感情』が残っており、オランダのメディアでは過去の戦争問題をこぞって報道していました。

両陛下はそんな中、オランダ王宮の正面にある戦没者記念碑にご供花なさり、1分間にわたる黙祷を捧げられました。

微動だにしない両陛下の黙祷する姿に、オランダのベアトリクス女王は涙を流し、感動されたそうです。

その様子をメディアが報道し、オランダ全土にて放送されました。

天皇皇后両陛下は、オランダとの確執に対し、当時の記者会見でこのようにお答えしています。

 

 

ー天皇陛下ー

 

第二次世界大戦の時に、戦火を交えることになったことは返す返すも残念なことでした。

 

この戦争によって多くの犠牲者が生じ、今なお傷みを抱えている人々がいることは本当に心の痛むことです。

 

このような両国民の間の交流の歴史を全体として認識し、その上に立って、一層の友好関係を進めていきたいと願っていることを伝えたいと思います。

 

出典:宮内庁

 

 

ー皇后陛下ー

 

先の大戦は両国の関係に深い傷跡を残しました。

アジアで当時を過ごした人々の中で、今なお、癒えることのない悲しみを負って生きている人がおられることに心を痛めております

私どもは今回の訪問で、日蘭の長い交流を通じ、両国の人々が誠意と努力をもって築き上げた強い友情のきずなを確認し、それを更に強める努力をいたしたいと思いますが、それと同時にその同じオランダの地に、今もなお戦時中のつらい記憶に苦しむ人々のおられることを決して忘れることなく、また、両国のきずなが今後二度と損なわれることのないよう祈りつつ、訪問の日々を過ごすつもりでおります。

 

出典:宮内庁

 

皇后陛下の少女への慈悲深い行動

 

黙祷なさった翌日、両陛下はオランダの首都アムステルダムにある『ミチルスクール』という養護学校をご訪問されました。

その際、皇后陛下(美智子様)は、机に突っ伏して動かない少女の存在にお気づきになられました。

その少女はおもちゃの王冠を頭に乗せたまま眠っていました。なぜなら、両陛下を歓迎しようと張り切っていたからだそうです。

美智子様は「起こすのは可哀想である」として、少女を起こさずにいました。

歓迎式典が終わった頃、少女は目覚めました。

そして、式典が終わっていることに気付き、涙を流しながら美智子様のもとへと歩み寄ったそうです。

このとき、美智子様はその少女を優しく抱擁されました。

まるで聖母・マリアを思わせる光景に、その場にいた一同は感銘を受けます。

そして、その時の様子を表した写真は次の日新聞各紙が大きく取り上げ、多くのオランダ国民が胸を打たれたのです

 

 

日本とオランダの関係改善

 

この一件があって以来、両国の友好関係はずっと続いており、2011年に発生した『東日本大震災』の際には、オランダ全土で支援行事が開催されました。

また、2014年12月よりオランダでは、日本国籍を持所している人がオランダでの住民登録をして銀行口座を開設すれば、労働許可の申請なしで労働できるといった特別な措置も取られています。

天皇皇后両陛下による、真摯な姿慈悲深い行動により復活した友好関係。

両陛下には再度、感謝と敬服の念を抱くと共に、我々も日本人として見習うべきところは見習わなければならないと思います。

 


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