東日本大震災で忘れ去られた、「栄村大震災」をご存知ですか?

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3・11といえば、多くの方は東日本大震災発生の日と思うことでしょう。

もちろん、その事実は何も間違っているものではなく、歴史的な出来事として語り継がれています。

しかし、東日本大震災の陰で、近年まれにみる大災害が起こった事実をご存知でしょうか?

今回は、忘れられた被災地についてご紹介します。

 

 


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忘れられた被災地とは

 

 

2011年3月11日、東北沖を震源とする、東日本大震災が発生し、

これに伴う地震・津波などの影響で多くの方が犠牲となりました。

そして、翌日の3月12日、長野県と新潟県の県境を震源地とするマグニチュード6.7、震源の深さ8キロ、

最大震度6強という大災害が長野県北部の小さな村(栄村)を襲いました。

 

本震の発生から1時間あまりのうちに、同じ震源域内で震度6弱の余震が2度繰り返されました。

これは、栄村に、新潟県中越地震以来の近年まれにみる大災害が訪れたことを意味し、

短時間にわたって繰り返された激しい揺れは栄村のインフラ設備に大きな被害をもたらし、多数の建造物を破壊しました。

未明の大災害に栄村は大混乱に陥りました。

夜が明け、被災した状況が確認されるようになると、

そこら中で栄村単独では対応しきれない大被害が続出しており、

その結果、村民約2300人のうち2000人に避難指示が呼びかけられ、

1700人あまりが実際に避難を行うことになったのです。

 

 

不運に見舞われた栄村

 

 

栄村にとってはとても運が悪いことに、

今回の地震の前日である3月11日に、日本の歴史に残る大災害、東日本大震災が発生していました。

この震災の中で、唯一の幸運は、栄村で家屋の倒壊などの物的損壊はあったものの、死者がゼロであった点です。

 

しかし、大手のマスコミは、

画にならない、視聴率が取れない等の理由で、まったく栄村を取り上げようとしませんでした

そのため、被災早々に政府から※激甚災害(げきじんさいがい)に認定され、

※地震や風雨などによる著しい災害のうち、被災地域や被災者に助成や財政援助を特に必要とするもの

 

実際に1500人を越える住民が避難所で生活したにも関わらずに、

自前の中継車をも手配しないまま、東北地方沿岸部で全てのテレビ局で、

まるで同じ内容の番組を制作していました。。

 

結局のところ、全国区のテレビ局が、栄村の被害を本格的に取り上げたのは発生から3週間後の4月1日。

フジテレビがようやく、栄村のことを取り上げたのです。

 

 

まるで何事もなかったかのように

 

 

 

3月12日以降、栄村は積み重なる東北からの情報の山の中、まるで何事もなかったかのように

多くの国民から忘れ去られることとなります。

全域の停電、断水、国道の閉鎖、JRの不通、土石流の危険といった、

住民の生活を揺るがすような甚大な被害を受けたのにも関わらず。

マスコミは東日本大震災に対する、恐怖や不安を煽るばかりで、視聴率を優先。

その結果、インパクトのある映像のみを追い求め、

栄村大震災を報道することはなかったのです。

 

 

まとめ

 

日本人として、このような事実は受け止めなければなりません。

確かに、震災発生当時は時期として、

東日本大震災関連のニュースは気になっていたのかもしれません。

しかしながら、小さい村ではありますが、栄村はおよそ2000人もの方が被害に見舞われたのです。

この事実をご存知の方はそう多くはないでしょう。

なぜ、マスコミは即座に報道しないのでしょうか。

東日本大震災の陰に隠れてしまった、

悲劇の被災地

日本のマスコミはこのような事実があることをもっと真摯に向き合い、

報道していかなければならないのではないでしょうか。

 


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