中学生「アフリカの子どもは助けようとするのに、なんで学校に来ない同級生は助けないの!?」⇒この作文が物議をかもす・・・

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「アフリカの恵まれない子どもに募金を」など、街中ではこのような文言で、

恵まれない子供たちを救おうとしている活動をよく目にすると思います。

しかし、遠い地域の人たちに目を向ける前になんで近くの人たちを助けないの?と疑問を持った方がいます。

今回はそんな疑問を作文にしたものが話題になっているので、ご紹介します。

 


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アフリカの子どもは助けようとするのに、なんで学校に来ない同級生は助けないの!?

 

ツイッター上に投稿されたツイートに、注目が集まっています。

投稿したのは、@nankuru28さん。

投稿によると、@nankuru28さんの娘さんが書いた作文が非常に考え深い内容だというのです。

 

 

 

確かに、遠くの人には手を差し伸べる傾向にありますが、

なんで学校に来れない子などの近くの人に対しては、熱心に取り組まないのでしょうか?

 

 

近くだと返ってくる危険性が

 

 

近くの人に反対意見を言うと、自分が標的にされ、いじめられる危険性が高まります。

 

 

 

 

知らず知らずのうちに加害者になる可能性がある

 

 

身近な人は、反応がリアルタイムで返ってきますので、

加害者になる可能性も、被害者になる可能性もはらんでいます。

 

 

 

日本では自己責任になる

 

 

日本において、学校に行くことは当たり前になっています。

ですので、学校に行かないという行為自体は、

国家の責任ではなく、自己に責任があるということになります。

 

 

 

ネット上の反応

 

これに対し、ネット上では

 

●空き缶集めても不登校は解決出来ないしな。日本国内でも募金活動程度なら協力するだろう。

アフリカ、日本に関係なく他人のために多大な労力は払えないだけ

 

●困ってる本人に個人として手助けしたとしても、その結果として酷い目にあったことの恨みを向けられたり、

最初に手を伸ばした責任があるから最後までフォローしろと他人に言われる、

とかの数え切れん数の労力とリスクを負わなきゃならんからねぇ。

(募金はいいことだと言うのは前提として)募金は金払った後は基本的に後腐れないし、気楽だしね。

 

●近いと背負う「責任」の量や期間が重くなりすぎてそうそう助けるのを躊躇してしまうのかも

 

 

など、手助けするリスクを背負えないという意見が多数寄せられました。

 

 

 

自分に降りかかるのが面倒

 

弱者に対して、手を差し伸べる行為は非常に勇気のある行動です。

手助けをすると、そのあとのフォローや、最後まで投げ出せない責任などが付きまといます。

手助けをする気持ちはあっても、その煩わしさからできないという方も多いのではないでしょうか?

その反面、遠くの地域に関しては、

募金するという極めて簡単で責任やリスク、労力を負わなくていい手法で支援できます。

やらない善よりやる偽善という言葉がありますが、まさにその通りであり、

この作文は世の中を風刺した非常に考え深い作品であると思います。

 

 

 


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